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──どうしたの?
──嫉妬? 私に? 彼女もいない独身の私に?
──あっ、えっ、あ、そうね、なんでだろう不思議よね
彼女は明らかに動揺していた。声だけしか情報がないので演技なのかもしれないけれど、そんな演技をする必要性はない、おそらく彼女は実際に動揺している。
──なんで君が動揺しているの?
私は思いきって聞いてみた。
──ち、違うの、ちょっとコーヒーをこぼしちゃって慌てただけよ
嘘だ。そう直感した。けれど確信はできなかった。私にはコーヒーの匂いも分からなければ、彼女の顔を見ることもできない。
少し意地悪をしてやろう、私は柄にもなくそう思った。
──コーヒーの銘柄はなんだい?
──えっと、え、あ、マッキンリー!
──キリマンジャロ……じゃなくて? それといまはマッキンリーってのは正式名称じゃないんだ、デナリっていうんだよ
──どっちでもいいじゃない! 変なこといわないでよ、もう、また明日!
そういって彼女は消えてしまった。
ひとり暗闇に残された私は考えた。私は嫉妬されるような生活を送っていただろうか、犯人はおそらく私の知人ではない。もしそうだとしたら教えてくれるはずだ。であるなら、犯人は衝動的な嫉妬を私に覚えたということになる。それほどまでに私は幸せだったということだ。けれど私は……、どう穿った見方をしても幸せといえる生活をしていなかったはずだ。
おかしい。私に嫉妬する要素なんかあるはずがない。けれど彼女はいった、幸せそうな私に嫉妬した犯人が刺した、と。そして彼女はその発言を私が指摘したあと、動揺した。コーヒーをこぼしたと下手な嘘をつくぐらいに。彼女は口を滑らせてしまったと見るのが妥当だと思われた。
彼女たちは何かを隠している。
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