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闇の中、君を抱く
──もうわかってるよ
──えっ
──わかったんだよ、君が何者か、何を隠しているのか、そしてそれを知った私が完全に研究対象から外されるということも
彼女が来たのはそれから数日後のことだった。この間、私は一切、研究員からの干渉を受けなかった。もう私に研究対象としての価値はないのだろうと思った。私は考えた。多分、次に誰かが私に会いに来るときは、死を伴って来るのだと予感していた。だから必死に考えた、闇の中、音と記憶しか手がかりのない世界で。彼女は何者で何を隠しているのか私は何なのか……そしてひとつの結論を導きだした。
──何をいっているの?
──君は私の妻だ……
──……そんな、どうしてよ
私は少し間をとった。ゆっくりと自分に聞かせるように話した。
──私が最初に目を覚ました時から君は私のことを「あなた」と呼んでいる、途中からそう呼ぶのならわかる、けれど初対面の状態で、しかも私は脳だけの存在。それならまずは私の名前で「聞こえますか? ヨシオさん」というべきだ、けれど君は違った。ではどういう人なら「あなた」というだろうか
──私は何もいえない……
──それに、初めから君は私に対して敬語を使っていない。他の研究者は使うのにだ。しかも君だけが脳波を読むことができなかった。
研究者じゃなくて、私のことを「あなた」と呼んで、毎日来てくれるぐらい私と親しい女性。それは……
──でもあなたは独身のはずでしょ
苦しそうな声がする。
──いや、違う。私の記憶は改竄されているんだ……君の部分だけね……。あの女研究者はいっていた、ヨシオさんみたいに精神が安定している人はあまりいない、と、脳だけになる時の事故などでトラウマがあるから普通は難しいのだと、多分彼女は下端だから教えてもらってないんだね、私は精神を病んで研究の妨げにならないように妻の記憶を削られていたんだ……
──……
彼女は何もいわない。いやいうことができないのだ。
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