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一通りの下ごしらえを終えて次の作業に移る前に、シノブがこちらを向いた。
鍋の有りかでも聞かれるのかと思って、咄嗟に台所にある物の配置を思い出そうとした。
が、よく見ると、カレーを作るには少々心許無いが鍋はそこにある。
「また来てもいいですか?」
「は? 何で?」
あまりにも不思議な質問だったので、思わず聞き返してしまった。
動揺なんかして、煙草の灰が落ちそうになっているのが情けない。
「今度は深尋さんの好きなもの作りますよ。何が好きですか?」
眩しいくらいの笑顔とまっすぐな視線を向けられて、弱って震えていた昨晩とのギャップに戸惑う。
だけど、ここにユキちゃんが住んでいないって分かったのに、どうしてまた来るなんて言うんだ。
しかも、今度はオレの好きなものを作るって。
さっきカレーに嫌な顔したの、気にしてんのか?
それにしても、何もわざわざ出直す必要なんてこれっぽっちも無いだろ。
部屋の掃除に晩飯の用意で、オレが売りつけてやった恩なんて完璧に返済しているというのに。
「何でも言ってもらって大丈夫ですよ。作った事なくても気合で作ります」
もうそんな事をしてもらう理由なんてないのに、シノブがそんな事を言うから、単純に嬉しいと思ってしまう。
「・・・肉」
綻びそうになる口元を誤魔化すように、ぶっきらぼうにそう言った。
我ながら馬鹿みたいなリクエストだ。
「じゃ、ハンバーグですね」
無邪気に笑うシノブの提案に、今度こそ灰が落ちた。
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