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オレには、シノブに言わなければいけないことがある。
それを言ったら、もう二度とここには来ないんじゃないかって気がして、言うのを躊躇っていた事だ。
ユキちゃんのこと。
ウララさんから得た情報を伝えなくては。
「お前の探しているユキちゃん、もうとっくに大学辞めているって」
「え?」
あまりにも唐突な切り出し方に、シノブは面を食らったような顔をした。
会話に脈絡なさすぎるもんな。
だけど、言わないのは卑怯な気がしたんだ。
シノブにとって重要な事実を隠したままでこんな事をしても、罪悪感が増すだけで辛い。
「学校に、偶然ユキちゃんらしき人を知っている先輩がいて、教えてもらった。オレは入れ替わりでこの部屋を借りたらしい」
シノブの中で、ユキちゃんがどんな存在なのか知らない。
知っているのは、雨の日に倒れるくらい待っていた幼馴染みってことくらい。
この前はあっさり諦めていたけど、本心ではどう思っているのか分からない。
本当は、会いたくて会いたくて仕方ないのに、平気な振りをしているだけかもしれない。
「大学辞めたのは、子供が出来て結婚したからだって。でも、名前とか忘れたって言っていたから、本人かどうかは分からないけど」
ショックを受けるだろうか。
そしたら、オレが慰めてやれるだろうか。
また邪な考えが顔を出してきたから、力いっぱい押し戻した。
「そうですか」
シノブは驚くくらいあっさりと頷いた。
しかも、少し嬉しそうだ。
何故だ?
「俺の為に調べてくれたんですね」
「違っ!」
本当はそうだけど、素直に頷けない。
恥ずかしすぎる。
「嬉しいです」
「何で嬉しいんだよ。ユキちゃんはもうここにはいないんだぞ」
お前がここに来る必要はもう無いんだ。
嬉しいなんて哀しいこと言うなよ。
また泣きそうになるだろ。
「ユキちゃんはいなかったけど、深尋さんがいましたから」
「そりゃ、オレはいるよ」
今ここに住んでいるのはオレなのだから。
「はい」
シノブは嬉しそうに頷く。
「冷める前に食べましょう」
手を合わせて「いただきます」と言うのを見ながら、ちゃんと育てられた奴なんだなと感心した。
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