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董子とも相変わらずの関係だ。貴裕と一緒に暮らし始めたことを報告したら、即座に呼び出しが掛かった。
「あー嫌だ嫌だ、新婚さんみたいに鼻の下伸ばしちゃって」
とことん僕をからかう気らしい。新婚さん、という言葉を変に生々しく感じて真っ赤になった僕を見て「しあわせそうで何より」と董子が微笑む。
「まあ、しあわせだよ」
「見ればわかるよ。いいなあ。私もそんな時期に戻りたい。もう遙か昔のことだから、忘れちゃったよ」
夢の欠片もない事を言っているが、そんな董子だって今も旦那と十分仲良く、現在三人目の子どもを妊娠中だ。
「そういえばさ、」
前から気になっていたことを訊ねてみようと思った。
「貴裕と前に話してただろ。十年前から知り合いって。あれ、どういうこと?」
董子が少し首を傾げる。
「浅野くんから、何も聞いてない?」
「うん、なにも」
董子がふっと笑った。
「それなら、言わない。第一、浅野くんから直接聞けばいいじゃない。何遠慮してんだか」
その話はおしまい、とばかりに定食を黙々と食べ始めた董子をしばらく見つめる。
董子とのことも、脚のことも、もし僕が訊ねたら、貴裕はきっと答えてくれるだろう。
でも、今はまだいいか、と思う。貴裕が、話したいと思った時に話してくれれば、それでいい。
一緒に暮らして、笑ったり喜んだり、不機嫌になったり、些細なことで喧嘩したり、急に悲しくなってぴったりとくっついたり。同じ時間を共有して、何気ない出来事を重ねて、そんな日常の中で、僕は貴裕という人間を、少しずつ知っていくのだろう。そして、まだ見たことのない貴裕の素顔に、驚き、感動し、時に失望しながら、それでも日々いとおしさを募らせていくのだろう。
それでいい。だって僕たちは、まだ始まったばかりだから。
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