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別れ際、「詩織ちゃんは好きな人、いるの?」と訊ねられた。
「もうすぐ二十歳だもんね。そういう人いるのかなって思って。あ、別に貴裕から聞いてこいって言われた訳じゃないから」
言い訳がましいことを付け足すところが、なんとも倉橋さんらしい。
「いないよ、まだ。残念ながら」
「そっか」
「でも、そういう人ができたら、私真っ先に倉橋さんに話すからね」
「本当に?」
「うん。その時は、恋の相談とかしていいかな」
「いいよ。僕は恋愛経験少ないけど、それでもよければ」
「お兄ちゃんとラブラブだから、それで十分」
照れたように微笑む倉橋さんの目尻の皺が好きだな、と私も微笑みながら眺めていた。
改札口で、「じゃあまたね」と言って手を挙げると、倉橋さんは足早に去って行った。
あの街で、兄が待っている。大きなリュックサックを背負い、お土産の紙袋を下げた倉橋さんの後ろ姿が心なしかうきうきと弾んでいるように見えた。
もし恋をするなら。
その人は、きっと倉橋さんに似ているのだろうな。
そんなことを思いながら、次第に人混みに紛れていく倉橋さんの後ろ姿をいつまでも見つめていた。
おわり
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