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私は満足げに、笑って見せた。それは心行くまで遊んだ後の、無邪気な子供の笑みだった。私は今、遊園地に立っている。手はぷにぷにと小さくて、道行く大人は皆巨人にみえる。
母はオープンテラスに腰かけて、私を手招きして笑う。私が駆け寄ると、母は紙コップに入ったオレンジジュースを、私に向かって差し出した。
私は頬を膨らませ、不満そうに首を振る。母は意外そうな顔をする。そして、納得という顔をすると、私を膝に座らせた。私は母に笑って見せて、オレンジジュースを両手で飲んだ。
「今、お父さんがご飯買ってきてくれるからね」
「うん!」
ふと、視界に赤いものが映り興味がいった。母のカップに、唇の形が付いている。
「お母さん」
「ん?」
「これなあに?」
「ああ、」
母はテーブルに視線を落とす。すぐに私が唇の形を指していることに気付く。
「これは口紅よ。お母さんが唇に塗ってるやつよ」
「お母さん」
「なあに?」
「どうしてお母さんは口紅をするの?」
「これはね、」
母は私の頭を撫でる。そして横目で私を見ると、いたずらっぽく笑って見せる。
「これはね、大人の女の証拠なの」
「口紅をするのは、大人なの?」
「違うわ、大人になれば、口紅をするようになるの」
「よくわかんない!」
「アンタも大人になれば、口紅ぐらいするようになるって。その時は私が塗ってあげるわ」
私は、それに満足をした。いつか大人になれるのだと、子供心にワクワクしたのだ。
「ほら、お父さん来たわよ。ご飯にしましょ」
父が人込みをすり抜けながら、ゆっくりとこっちへやってくる。両手に持ったプレートを、誇らしげに見せて微笑んだ。私も笑った。母も笑っていたと思う。
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