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「自撮りだからじゃないの?」
「それがそうでもないの。何回か旅行に行ったときに、近くの人に写真撮影をお願いするんだけど、それも毎回こんな感じで」
「……その旅行は誰かと一緒に行ったの?」
「ううん、一人で、だけど」
「そっか」
「私、趣味で写真を撮り始めてから3年くらい経つんだけどね、自分の幸せそうな写真を一枚も持ってないの。風景ばっかりで。この前、家族に旅行の写真を見せた時にそう指摘されて、愕然として、このままじゃいけないって奮起した。その結果がこのざまってわけ」
無表情の羅列。毎回判を押したような顔。
……一体どうすれば幸せそうな自分の写真が撮れるのだろう、と春日さんは絶望したそうだ。
試せることはほとんど試した。
今日はチャンスだと思って、わざわざクリスマスの人の集まる駅前広場でカップルの写真を撮った。幸せそうな人の真似をすれば、あるいは幸せそうな人をバックに自撮りすれば、私も幸せそうに写るかもしれないと。だけど、結果はやっぱり同じで……と春日さんは悲しそうに笑った。
僕は少し考えた後に、春日さんにこう提案した。
「もしだよ、もし春日さんさえ良ければなんだけど、僕なら春日さんの幸せそうな写真を撮れると思うんだけど、撮ってもいい?」
「本当!? ぜひお願い!」
「う、うん」
春日さんの予想以上の食いつきに驚きながらも、僕は頷いた。
「これは特A級のミッションだから。よろしくね」
「任されたよ」
春日さんから簡単に撮り方の説明を受けてカメラを預かり、首にかける。初めてデジタルカメラを手にしたけど、悪くない感覚だった。
さて、春日さんは特A級とか難しいこと言ってたけど、依頼自体はそう難しいものではない。
そもそも春日さんは、誰かと話す時にとても表情豊かなのだから。
「……そういえば、春日さんお腹空いたって言ってたよね。なんか甘いものでも食べにいかない? 春日さんが気にしないなら奢ってあげるよ」
「え、いいの? やったー」
そう言って喜ぶ春日さんの可愛らしい笑みに対して、僕は迷わずシャッターを切った。
途端に真っ赤になって慌てる春日さんを連射で適格に写真に収め続ける。
「もー、だめ! やめて! 返してったら!」
うん、むくれる春日さんもとてもかわいい。
パシャリ。
幸せなシャッター音が空に響いて、ちらつく雪に溶けていった。
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