渇き

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 その夜、いつまでも寝付けずにいた。  耐え難い喉の渇き。  喉が貼り付いて唾液を飲み込むことも出来ないようなカラカラの渇き。  そのまま寝てしまおうと毛布を被ったが。  飢えにも似た喉の渇きが気になって眠れない。  仕方なくベッドから起き上がって、キッチンに向かう。  今日は満月なのか部屋の中が明るい。  月明かりに照されたキッチンが無機質なシルエットを描いていた。  レバーを押し上げ流れ出した水がコポコポと小気味良い音を立ててコップに納まる。  水面には月が映し出されていた。  月を一気に飲み干し、大きく息を吐く。  喉の渇きが一瞬、落ち着いたように感じたが、すぐにカラカラとした妙な渇きが奥から這い上がってきた。 --ナニカ ガ タリナイ。ナニカ ガ……。  もう一人の自分が身体の奥底で呻く。 「……眠れないの?」  眠たそうに目を擦りながら彼女は起き上がってきた。 「んー……ちょっと、喉が渇いて」 「私も。今夜は暑いね」  そう言って、彼女は食器棚からコップを取り出し、シンクの蛇口から水を汲むと、コクコク喉を鳴らして美味しそうに飲み干した。  その喉の動きに思わず見惚れてしまう。 「今、何時?」  リビングの壁掛け時計に目を向けたが、針がどこを指しているかまでは見えない。  キッチンカウンターに置いてあるデジタル置時計に手を伸ばし、ライトボタンを押すと、0:58と表示された。 「一時前、かな」 「ありがと。まだまだ眠れるね。」  おやすみ、と彼女が僕の首に腕を絡める。  甘い、花のような香りがした。  刹那、頭の奥で何かが揺らめいた。  思わず、彼女の背中に腕を回して強く抱き締める。 「どうしたの? 今夜は情熱的だね」 「ごめん。痛かった?」 「ううん」  明日早いから、また今度ね、と耳元で囁いて彼女は寝室に戻って行った。 「そんなんじゃないんだけどね……」  ひとり残され、彼女が閉めた扉に向かって呟いた。  月が柔らかな光で僕を照らし出す。  己の中で何かが蠢き始めた。
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