序章

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「アンスズ!」 ドルイドにおける「意思」の意味を持つこの呪文を唱えると同時に若者の頭の中に朧車がこのような異形の者となった経緯が頭の中に入ってきた。尚、このアンスズは人の意思を伝える力がある為に言葉の壁が無くなる効果もあるのだが、この効果だけはどこの国の言葉もすぐに覚えてしまうこの若者にとっては無用の長物といえる呪文であった。 「ほう、車争いに負けたのか」 二人の仲の悪い貴族同士が牛車を止める場所で揉めた挙げ句の果てに牛車を破壊するに至り、惨めに燃やされたとの事だった。平たく言えば貴族同士のメンツ争いで牛車を壊されたと言うことである。 「下らぬなぁ。だがこの下らぬ事で争うのが貴きもの貴族」 朧車の境遇を知って若者は同情を覚えていた。このまま命を奪えば人を殺した罪により異形の身でありながら地獄に堕ちるのは明らか。こうなってしまった経緯を考えると地獄に堕ちるのは忍び無いと考えるようになっていた。 「オシラ!」 ドルイドの呪文、オシラは故郷と言う意味である。牛車の材料となっていた木材が木になっていく。故郷を元の姿と解釈し呪文を唱えた故の結果であった。 「いきなり道の真ん中に木が生えれば騒ぎになるだろうし、すぐに切られるだろう。次は貴族同士の争いに巻き込まれないものになるんだな」 久々の戦いに巻き込まれた若者がその場を去ろうとした所、妙な声が聞こえる事に気がついた。 「旦那ぁ…… 旦那ぁ……」 その声は斗賀蒔の灰より聞こえてた。先程のアンスズの効果がまだ辺りに残っていた。それ故に灰に残った斗賀蒔の意思が若者に話しかけて来た。 「なんだお前は」 「旦那ぁ、先程の戦い全部見てましたよぉ。さぞかし名のある陰陽師なのでしょうね」 「違う、ただ唐の国で陰陽道を学んでおっただけだ」 「唐の国ぃ? もう遣唐使は随分と前に廃止になったはずじゃあ」 「お主と話をしている暇は無い、さっさと成仏せんか」 「そんな殺生な~」 「お主はもう死んどるではないか! あんなに弱いのに陰陽師を名乗りおってからに」 「仕方ないじゃないですか~ 私ヤミ陰陽師なんですから」 「ヤミ陰陽師? 何だそれは」
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