輝ける伽

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輝ける伽

「最近、伽の方をとんとしておらぬ」 いきなり此のような事を言われ困惑するのは輝ノ皇子(かがやきのおうじ)を主君に持つ、橘誉栄(たちばな ほまれ)であった。また「発作」が始まったかと御帳台の前で呆れた。 「はぁ、もう幾日ぐらいは」 「うぬ、もう三ヶ月にはなるかのう」 この京にはこの一生で誰とも睦まずに生涯を終えるものもいると言うのに、何を贅沢を言っているのだろうか。誉栄は比較的地位の高い立場にありながら京の庶民に近い考え方をする変わった男であった。 「そう言えばこの前も素裸で百合若の方(ゆりわかのかた)の所から出てきたそうですね。聞きましたよ」 「あ、あれはな…… これより伽に入ろうと言う所で白蛇を首に巻いた般若の邪魔が入ったのだ」 「だからと言って丸裸で牛車に飛び乗る事も無いでしょう。百合若の方より脱ぎ散らされた衣の処遇で文を頂きましたぞ」 「捨て置けばよい、衣なぞ屋敷に捨てるほどある」 衣一組でもどれだけの蚕に糸を吐かせて作るのか分からぬのか、この莫迦梵梵が。誉栄はこう心の中で思ったが、これを直接言った所で話が通じる相手では無いのはこの数年の仕えで分かっているので黙っておいた。 「しかし、何故に磨呂だけ伽に入ろうとすると邪魔が入るのかのう」 「知りませぬ、これを機に嫡妻様だけをお見つめになってはどうでしょうか」 それを聞くと同時に輝ノ皇子は御帳台の中で両手両足を震わせて暴れだした。幼少期より高貴な者の振る舞いを教えた指導係に見せたら涙を流して悲しむだろう。 「いやじゃい! いやじゃい! あのような子を三人も生んだ年増なぞとは伽なぞ出来ぬわ! やっぱり伽の相手は若い娘に限る!」 誉栄はそれを聞いて訝しげな顔をした。 「十朱の方(とあけのかた)様が相手にされなくて寂しがっております。他の貴公子に寝取られても知りませぬよ」 「いやじゃい! いやじゃい! 磨呂の他の男に十朱が抱かれるのは耐えられぬ! 磨呂は他の女と伽をするのは構わぬが、十朱は磨呂以外には許してはいかん」 また無茶苦茶を言い出した。自分が他の女を抱くのは許されるが、その妻には他の男に抱かれるのを許さない。何という自分勝手なのだろうか。現にこの屋敷も夜は警備が厳重である。偏に妻十朱の方が他の男に寝取られないようにするためであった。
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