不純な贋物

　叶わない恋ほど楽なものはない。ただ、好きでいればいいから。本当に好きでいるなら何も要らないと思えるから。
　突然、彼女が顔を近づけて、僕の唇に軟らかくて暖かいものが当たる。
　突然だった。
　彼女が一言、言い放つ。長い髪を少したなびかせてながら、今はもういない声で。
「甘えと恋を一緒にしてはならないよね」
　何かを見透かす目。これは記憶で、夢。
　夢が終わる。確かな予感がした。

　目が覚めると、見馴れていない天井が視界を阻んでいた。
　ややあって、「彼女」の家に来ていたのだと思い出す。寝返りをうってみると、隣では「彼女」が寝息を立てていた。
　昨日の夜に初めて「彼女」の下宿先に訪れて、酒に酔わされながらまんまと終電を逃して帰れなくなったのだ。
　そうだ。また、初めてキスしたのだ。もちろん、僕にとってではない。
　無味無臭だった。唇は冷えていて、無機質で、まるで何か土だとか生き物を連想させない何かのように感じられた。
　この行為にどれほどの意味があるのかはもう分からない。分からなくなってしまった。純粋さをいつ失ったのか考えてみるけれど麻痺した頭がそれを許さなかった。
　不安定な日々の中で、確かに言える何かがあるとするのならそれは、不純でありながら純粋さを求めてしまった末路であるということだろう。