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岩倉がそう言うと、両手で温かい缶を包み込むようにしながらコーヒーを飲む辻村は、テレたような苦々しい笑みを浮かべた。
「いませんよ、彼女なんて」
青年はそう言って、あかぎれた手を擦り併せた。
岩倉は、純粋に驚いてみせる。
「お前ほどの男に彼女がいないなんてことはないだろう。こないだ来たうちのかみさんだって、お前見かけて目をハートにしてたぞ」
岩倉がそう言うと、辻村はアハハと声に出して笑った。
「本当にいないんですよ。── ただ、好きな人はいますけど」
「へぇ、なんだ、片想いか」
岩倉の言葉に、辻村は複雑な表情を浮かべた。
「片想いなのか、両想いなのか、俺にもよく分からないんです。訳あって、ずっと会えずにいますから・・・」
「お前を待たすなんて、凄い女だな。俺が女だとしても、お前ほどの男を待たせておくなんて、とてもできないよ。そんなにいい女なのか」
岩倉は、こんな男を待たせておく女に、珍しく好奇心をそそられた。どんな凄い女なんだろうと。
一方辻村は、複雑な表情を浮かべたまま、少し笑って見せた。
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