act.13

3/23
633人が本棚に入れています
本棚に追加
/206ページ
 岩倉がそう言うと、両手で温かい缶を包み込むようにしながらコーヒーを飲む辻村は、テレたような苦々しい笑みを浮かべた。 「いませんよ、彼女なんて」  青年はそう言って、あかぎれた手を擦り併せた。  岩倉は、純粋に驚いてみせる。 「お前ほどの男に彼女がいないなんてことはないだろう。こないだ来たうちのかみさんだって、お前見かけて目をハートにしてたぞ」  岩倉がそう言うと、辻村はアハハと声に出して笑った。 「本当にいないんですよ。── ただ、好きな人はいますけど」 「へぇ、なんだ、片想いか」  岩倉の言葉に、辻村は複雑な表情を浮かべた。 「片想いなのか、両想いなのか、俺にもよく分からないんです。訳あって、ずっと会えずにいますから・・・」 「お前を待たすなんて、凄い女だな。俺が女だとしても、お前ほどの男を待たせておくなんて、とてもできないよ。そんなにいい女なのか」  岩倉は、こんな男を待たせておく女に、珍しく好奇心をそそられた。どんな凄い女なんだろうと。  一方辻村は、複雑な表情を浮かべたまま、少し笑って見せた。     
/206ページ

最初のコメントを投稿しよう!