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思わず驚きの声が口をついて出そうになったが、マイク越しの老教授の「出欠をとります」という声に阻まれて、尋は一旦声を飲み込んだ。
「あんた、こんなところで何してるんだ」
「── 随分とごあいさつじゃん。折角忘れ物届けてやったのに」
小笠原海は、この間の険悪な別れ方がまるで夢だったかのような清々しい顔で、尋を見つめ返してくる。
尋は舌打ちをした。
「届け物って・・・。あんた正気か? 今講義中だぜ。ここの学生でもないくせに、何考えてんだよ」
「いいじゃん。俺、結構とけ込んでるだろ?」
海は、ケロリとした顔で飄々と言ってのける。
確かに、まるで百年も前からここの学生でしたというような風情でそこに座っていた。
「俺さぁ、美大中退してんだよ。なんだか懐かしくてドキドキしちゃうな、この雰囲気。こっぱずかしくってソワソワするね」
そう言って海は、子どものようなむず痒い笑みを浮かべる。
── こっぱずかしいんなら、なんでこんなトコに堂々と座っていやがるんだよ、コイツ。
ウキウキしている海を余所に、尋は限りなく憂鬱になっていく。
「あんた、俺がこの大学に通ってるってどうやって調べた」
いろいろ身辺を嗅ぎ回られるのは気分が悪い。
ストーカーまがいの女によく付け回される尋は、あまり自分の素性を人に話したりしない。
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