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雪原と化した校庭で、彼女は憂き顔を浮かべながらたたずんでいた。人の影はほかにない。
彼女はキャメラをたずさえて、わざわざ人のいないこの日に、大して珍しくもない白風景を撮りにきた。いま家には誰もいない。
キャメラを顔の前まで運ぶ。力み過ぎて余計に力が出ない腕を、無理にでも持ち上げる。
パシャリ
フラッシュなんか焚いたせいで、ただただまぶしいだけ。けれど、キャメラの音が彼女を落ち着かせる。
「最近よく来ますね」
突然の声に驚くこともない。彼女はまた、無理矢理に首をまわす。
「先生……」
「こんにちは」
「あの、えっと……」
さっきの質問を反芻させる。が、思い出せない。
「最近よく見かけますが──」
「そうですね。暇ですから」
「カメラはいつから?」
「二月ほど前からです」
「そうでしたか」
「はい」
そうか……あれは二ヶ月前のことだったか。互いに思い浮かべるのは、もちろんあのことだけだろう。
「……お父さんのことがあったから、ですか?」
「はい」
先生は、先生失格の質問をしてしまった。もはやこの過ちを正すことはできない。
「……ごめんなさい」
「……気にしてないので大丈夫です」
「そう……ですか」
とはいえやはり、空気はどんより重く、暗く、冷え込みは増すばかり。かすかな風のひとつひとつが二人を飛ばしてしまいそうだ。
「……私、お父さんのこと嫌いだったんです」
「そうなんですか?」
「はい。けど、遺品整理のとき、たまたまカメラのメモリーを見てみると……なんかなあって」
彼女の華奢な背中が、より小さくなった。つかみどころのない答えに、先生は困惑してしまう。雪肌をなでる寒さが、骨身に応える。
「寒いですね」
彼女の予想外の言葉に茫然としてしまう。社交辞令で追い払われているような気さえした。
「お父さんのこと、好きですか?」
二度目の、先生の、先生失格の質問。若い心を図る質問。またとないであろう質問。
「……普通です……かね」
「そうですか」
それだけでいくらか救われた。若い教師が先生としての威厳を保てたのだから。けれど、それは多少侮辱的でもあった。自分が許せない。
「それでは」
人の影は、彼女を残すのみ。無駄に広いその雪原で、しばらくの合間、シャッター音がなることはなかった。
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