絶望の国の夢

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中年期を過ぎた男にとって再就職は困難を極めた。目についた中途採用に片っ端から応募したが、大半は書類落ち。ようやく面接にたどり着いても、結局は落とされてしまう。この国の雇用は冷え切っており、とりわけ中高年の再就職は絶望的な状況だった。 貯金を食いつぶしながら1年の失業生活を続けた後ようやく契約社員として働くことになったが、給料は半分に減った。しかも残業続きで、なかなか帰れない。体力の衰えを感じる年齢となった男にとって、毎日が地獄だった。 「帰りたい」 ある日男は、こうつぶやく自分に気がついた。最初は「仕事が嫌で早く帰宅したい」という意味だと思っていたが、驚いたことに自宅にいるときも……たとえば布団で横になっているときや風呂に入っているときも、ふと気がつくと「帰りたい」とつぶやくことがある。 肌がざわつくような違和感。 自宅にいるにもかかわらず、こうつぶやいてしまうのはなぜなのだろう? 自宅ではないとしたら、自分はいったい「どこ」に帰りたいのか? そしてある日、疲れ切っていた男は駅のホームから転落し、電車に轢かれてあっけなく死んだ。55年の生涯だった。 ------- 「ここ……は?」 「お帰りなさいませ。ご気分は?」 「オレは死んだのか?」 「左様です。仮想だったとしても、死は死。一人の男が、長く苦しい生活の果てに命を失いました」 「仮想?」 「はい。すべては夢。別の人生を体験するために、ライフシミュレータでご覧になった夢でございます」     
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