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「それは、ちょっと……」
「嫌か?」
「嫌とかそういうんじゃなくて……ご迷惑かと」
「迷惑だったら言ってない」
だよな。
「……本気で?」
「ああ」
「……いいんですか?」
「ああ」
「……じゃあ……あの」
「そうしろ」
ちょっと食い気味。
「……まだ何も言ってませんが」
「泊まります。だろ?」
問いかける態で言われた。その実態は断定だった。頷く以外の選択肢は俺に与えられていない。
「……はい」
「決まりだ」
「…………」
こんなに押しの強い人だっただろうか。
湊さんはちょっと笑って、二つ目の缶を開けていた。
「寝床はベッド一つしかねえけど許せ」
「あ、はい。俺は全然……ソファーでも床でも」
「ばか。ちげえよ」
言いつつチョコの包みを手に取ったこの人。小洒落た銀紙の包装が無造作に破られる。中から取り出された小さなそれはこの人の口に入る事なく、なぜなのか俺の口の中へとむぐっと強引に突っ込まれていた。
「セミダブルだ。男二人でもまあ普通に寝られる」
察した。言われた意味を。いきなり突っ込まれたチョコレートをモグモグしながら理解する。俺の寝床はソファーでもなければ塵一つない床の上でもなかった。
「遠慮するような仲でもねえしな。そうだろ?」
「えっ、と……」
男同士だ。同じベッドで一緒に寝たところで何も問題はない。俺と湊さんは遠慮するような仲でもない程の飲み友達。それならやはり、何も問題はない。
そうだろうか。
「……俺が隣にいるのはご迷惑かと」
「だから迷惑なら言ってねえ」
「でも俺……極端に寝相悪いので……」
「だったら動かねえように抱いててやる」
今度こそピシッと全身が硬直。そこで笑ったこの人は、とても悪い顔をしていた。
「冗談だ」
「…………」
そういう冗談は本当にやめてほしい。
湊さんはもう一つ酒の缶を開け、それを俺の手に握らせてきた。
大人の男は少し怖い。怖くてそれで、ちょっとずるい。
ここから次の朝を迎えるまで、俺の心臓は何度も何度も事あるごとに止まりかけた。
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