彼と俺との適切な距離

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 初めて会った夜、俺達の間には椅子二つ分の距離があった。次に会った時には狭くなっていたその間隔。今では俺達の間に椅子は一つもない。  隣同士に腰を下ろすのはいつでもカウンター席の端っこ。一つのビール瓶を真ん中に置いてお互い注いだり注がれたり。  立花さんと言って呼びかけられていたのは、いつの間にか充希と呼ばれるようになっていた。この人のことを相川さんと呼んでいた俺も、湊さんと呼ぶのが当たり前になっている。 「なあ充希」 「はい?」 「この後の予定は」 「……はい?」  金曜日の仕事を終えた後だった。迎えた週末に二人で乾杯をして三十分ほど経った辺り。  湊さんからそう問われ、キョトンとしながら横を向いた。 「良ければうちで飲み直さねえか」  飲み直す。うちで。うちでと言うのはつまり、湊さんが住んでいる家で。  湊さんについて知っているのは、俺より十歳年上である事と、俺が三年前に新卒で入った会社よりも遥かにデカい企業に勤めている事と。それから好きな酒。毎回注文するツマミの種類。年は知っていても生年月日までは分からない。家がこの近くなのは聞いているけれど詳細な住所は知る由もない。  俺達の関係はその程度だ。落ち合ったこの居酒屋にて世間話を交わす程度。その程度の関係だったが、湊さんはそう言って今夜、俺を自分の部屋に誘った。  会社の同僚でも家に行くほど親しい間柄の奴はいない。誰かの家にお邪魔したいとも誰かを部屋に招きたいとも思った事は一度もなかった。しかしこの人の言葉を聞いて、一気に心臓がザワザワしてくる。 「都合悪いか?」 「いえっ……」  慌てて首を左右に振った。都合は一つも悪くない。もし仮に悪かったとしてもこの人に誘ってもらったらその時点で良くさせていた。 「……お邪魔でないなら、ぜひ」 「決まりだな」  飲み友達の家に行く事になった。
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