彼と俺との適切な距離

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 答えたその時ピピピッと、部屋の向こうで響いたその音。次いで聞こえてきたのは電子音声。給湯器のアナウンスだ。 「来い」  再び腕を引っ張られ、湊さんについて行く。案内された先は清潔な風呂場。初めてお邪魔した人の家で初めて足を踏み入れたのが風呂場になった。 「湊さん……」 「着替えとタオルはあとで置いておく」 「いえ、あの……俺からってのはいくらなんでも……」 「じゃあ一緒に入るか」  何を言いだしたこの人。  聞き返すための言葉も出ない。顔面を強張らせたら湊さんがふっと笑った。 「冗談だ」 「…………」  そういう冗談はやめてほしい。 「いいから浴びてこい。中にある物も好きに使っていい」  それだけ言うと湊さんはさっさと脱衣所のドアから出て行った。どうしてこうなってしまったのだか理解からは程遠いが、ここまできたからにはその厚意を受け取っておくのが礼儀だろう。  初訪問でいきなり風呂。初訪問となる人様のお宅で最初にする行為が服を脱ぐこと。  やはり意味が分からない。緊張感も著しい。とは言えこのままぼうっと立ち尽くしている訳にもいかない。濡れて重さを増したスーツからは左右の腕を引き抜いた。
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