彼と俺との適切な距離

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「すみません。お先いただいてます」 「ああ」  風呂から出てきた湊さんに顔を上げながら声をかけた。スーツ以外の服を身につけているところを始めて目にする。シャツとチノ。そんなラフな格好なのにこの人はなぜかカッコイイ。  俺もいま自分のこの身を覆っているのは上から下まで湊さんの服だ。パンツは未使用の物をもらってしまった。人の家でパンツまでもらった。もう一生頭は上がらない。  借りた服はいささか大きい。体格はそこまで変わらないと思っていたがこの人は着痩せするのだろう。肩幅は俺が普段着ている服よりもいくらか広くて、袖もちょっとだけ長くて。  ちらりと盗み見る。薄いシャツ越しだとその胸板の厚さに気付いた。湊さんの体格を思い、それで少しだけ、どきどきする。 「改めて。乾杯」  お互いに酒の缶を持った。湊さんの声に俺も合わせた。こうなっている事が不思議だ。湊さんの家で、乾杯を。  最初はたまたま近くの席に座っただけだった。あの居酒屋で、本当にたまたま。今から一年少々前のことになる。  あの夜の店内は座敷とテーブル席がいっぱいで、カウンターの端の方しか空いていなかった。俺は壁際の椅子に腰を下ろした。端から四番目の席にいたのはこの人。椅子二つ分の距離を開けつつ、話しかけてきたのは湊さんから。  驚いたけど、それが居酒屋のノリなのだろうと思った。おどおどするのも恥ずかしいから何食わぬ顔でそれに応じ、そこからすぐに打ち解けた。  次に店を訪れた時には後からやって来た湊さんが俺の真隣に腰を下ろした。それにまたもや少し驚き、それがどうにも嬉しくて。次もあの人と話したい。そんな理由を一つだけ掲げ、いつも迷わずあの席を目指すようになっていた。  仕事の話が多い。時々バカなことも言い合う。けれどプライベートの深い所までは介入しない。  学生時代とはもう違った。それが大人の世界なのだろう。店の外では会わないのが、こういう場での大人同士、適した付き合い方なのだろう。  そう考えていた。実は少し寂しかった。だから嬉しかった。うちで飲み直さねえかと、この人から誘われた。
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