挨拶からはじまる恋

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「は、はな、せ……。苦しい」  呼吸を止めるぞと言わんばかりの強く絞めつける抱擁に、躰の震えが止まらない。 「いきなりキスしてごめんなさい。だけどこれからは確実に、あの手この手で先輩を堕としていきますので、覚悟していてくださいね」  額に触れる熱い唇を認識したときには、ふっと躰が解放されていた。  恐るおそる振り返ると、ひょろっとした新入社員の後ろ姿は反対側の扉の前にあって、会議室を出ようとしているところだった。 「諦めろよ、馬鹿野郎!」  キスされた額をごしごし拭いながら、渾身の力を込めて怒鳴ってやる。  すると扉の隙間からピストルの形をした手が、自分を狙いすましてきた。アイツの顔は扉の向こう側にあるので、絶対に当たるわけがない。それなのに指先は確実に、心臓を狙っているように感じた。 「Bang☆」  ピストルの音を真似た声が響き渡る会議室。扉が閉じられた瞬間に、アイツに捕獲された錯覚に陥ったのは、間違いなく気のせいだ。  このときはそう思い込んでやり過ごしたのに、あとから考えると、新入社員が口にしたピストルの発射音が、恋のカウントダウンの合図になっていたとは、思いもよらなかったのである。 【おしまい】
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