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柔らかい新雪に、彼女の小さな足跡が残っていた。
白い雪に小さな穴が、大きさも深さもまばらに散っている。
立ち止まりながら、ゆっくりと彼女はこの道を歩いて行ったのだろう。
僕はその足跡を踏みながら歩いていく。
僕と彼女、二人で何度も歩いた道だ。
けれども、僕の足跡で彼女の小さな足跡は消えてしまう。
まるで、一人しかここに歩いてきていないようだった。
彼女は白い息を吐いて、楽しそうにその細長い指でカメラを覗いていた。
ファインダー越しの景色は、とても美しく見えているのだろうか。
「……ここにいたんですねお嬢様。」
彼女は驚いて振り向く。その顔は寒さのせいで赤らんでいた。
「……どうしてここがわかったの?」
彼女は幼子のように顔をほころばせ、僕に尋ねる。
そんなの、当たり前じゃないか。幼いころからずっとそばにいたんだ。
君がどこにいくかなんて、手に取るようにわかる。
しかし僕は彼女の疑問に答えなかった。
「早く帰りましょう。……お身体に障ります。」
「……そう、ね。」
彼女はそうして、自分の大きくなったお腹を擦った。
そのまなざしは、さっきまでの少女のような顔から、母親の顔になっていた。
「……お嬢様。」
「なあに?」
「ご結婚おめでとうございます。」
「……ありがとう。」
彼女は、とても美しく笑った。
その笑顔は写真のように、僕のなかでずっと残っていくだろう。
彼女の小さな手を、僕はとった。
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