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その沈黙のおかげで静かになったのをこれ幸いと本格的に眠りに入ろうとしている昂平に、永瀬はそっと自分の額を手で押さえる。
可愛いひとだというのは、最初に出逢った日からわかっている。
あの日、震える手で、抱きしめてきた。
それは永瀬に対する情欲ではなく、誰か別の人に向けられたもの。
綺麗だ綺麗だと評価され続け、男女問わず様々な人から言い寄られ続けてきた永瀬には、相手が自分に対して欲望を持っているか否かすぐわかる。
彼にはそれが全くなかった。
優しく切なく震えるように抱きしめられて、そうしたい相手がいるのにできないのだな、と思った。
ずば抜けたイケメンではないがそこそこ整った顔をしていて、運動部に所属してそうなストイックで爽やかな清潔感のある凛とした雰囲気が、その面差しに独特の魅力を付加している。女子にはかなりモテそうな学生なのに、こんな絶望的な切なさを持たなければならない相手がいるというのは、どういうことなんだろう?
第一印象は、そんな疑問から入った。
いや、そのときにはもうかなり惹かれていたのかもしれない。
図書館でぶつかったときに、既に一目惚れに近いものはあったのかも。
その清楚で清潔感のある一途な雰囲気に。
だけど、そんなふうに震えるように他の誰かを想っていることに、だからこそ興味を持ったのか。
彼が想っているその相手が、血の繋がった実の兄なのだ、ということを知ったとき、とてもすんなりとその事実が胸に落ちてきた。
同性という禁忌の上に、兄弟という2重の禁忌。
しかも、その赦されない想いに苦しんでいるのは彼だけで、兄はきっと彼を普通に弟としてしか愛していない。
すがるように、祈るように抱きしめられるのは、その兄と自分のどこかが共通しているから。
永瀬はそう思ったとき、酷く切なくなった。
人から変な欲望を押し付けられるのは面倒だと思って、うまく切り抜けて生きてきたつもりなのに。
このひとには好かれたい。
いや、ただの好きではなくて。
欲望を抱いて欲しい。
自分に。
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