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連れて行かれた先は、彼女の家だった。
「ほら、私の古着。サイズ大きいから大丈夫だと思うけど、ジャージ濡れてるからそれで我慢して。すぐにお風呂沸かすから待ってて」
毛布を頭から被り、ストーブの前で座り込む。急な温度変化にぼんやりとした頭で、ス トーブのボタン表示を眺めていると、突然横からにゅっと腕が現れた。ぎょっとして身を引くと、顔の前にマグカップが差しだされていた。
「なにびっくりしてんの。ハチミツ入りの紅茶。少しだけ生姜入れといたから、飲んでて」
マグカップを押し付けると、さっさと行ってしまう。そのてきぱきした様子からは、さっき感じた頼りなさは全く感じ取れなかった。一声も発せないまま、マグカップの中を覗き込むと、湯気が目に沁みて涙が溢れた。
風呂から出ると、彼女はテーブルについて紅茶を飲んでいた。さっきまで着ていた白いセーターから赤いトレーナーに着替えている。僕に気づいて顔を上げて微笑む。
「あの……ありがとう、文さん」
掠れ気味の声で礼を言う。
「んー、別に良いよ。真は私のイトコだし。あんたのお母さんが死んだ時も言ったでしょ
? 助けてあげるって」
文さんはそう言って紅茶をすする。
「あんた、あの嫌な叔母さん家から抜け出してきたんでしょ。やるね」
悪戯っぽく目を光らせる。思わず口が緩む。
それで、ふっきれたような気がした。思い出したくもないあの叔母の言葉も、狭い部屋 の片隅でこみ上げた閉塞感も、どうでもよくなった。
「……あのさ。できるだけ迷惑はかけないし、気持ちが収まったらちゃんと帰るから、そ れまでここに置いてくれない?」
文さんは笑って頷いた。
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