美味しいモノに私はなった

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 私はもういい感じに酔っていて、今なら飛び降りるのも怖くないと大胆な気持ちで欄干に身を乗り出したんだ。その時。 「おねーさん、自殺?」  もう終電も行った後で、始発までの静かな時間帯だ。もともと本数の少ない路線の上、今は真夜中。  とはいえコトがコトだけに周囲には何度も注意を払った。さっきまで人なんて見あたらなかったのに、その子はいつから居たのだろう。私が身を乗り出そうとしている反対側の欄干に背をもたれ、ベターっと足を投げ出して座っている。  でも私もせっかく出た勇気を無駄にしたくない。 「そう、止めないで」  そう言って無視しようと思ったのに、このシチュエーションに似合わず彼が爽やかに微笑むから、思わず何?と目で問うた。 「止めないけど、どうせなら明日にしなよ。僕宿なしなんだ。今夜泊めてくれない?」  少年は立ち上がり、パンパンとお尻の汚れを払って近づいてくる。 「自殺する前に人助けしようよ。悪人でも最後に良いことしたら、蜘蛛の糸垂らしてもらえるって童話で読んだよ」    欄干に乗り出してた身を降ろし、少年と向き合う。私より若干低い背、色素が薄いのか透けるような白い肌、栗色の髪。月明かりの下でハッキリとは見えないが、美少年であることに間違いはない。年の頃は十四、五か。中学生あたりと見当をつける。笑顔が可愛い。 「家出でもしたの?」  薄汚れていないので、家出だとしても昨日今日の話だろう。  まあそんなとこ、と肩をすくめておどけた演出をする少年。 「嫌よ。誘拐犯に間違えられたら御免だわ」 「またまたー、明日自殺する人がそんなの気にしちゃダメだって」 「まだ明日にするって決めてないわよ!」    先延ばしが確定のように言われてカッとなった。せっかくその気になっていたのに、君が声をかけるからタイミング外しちゃったじゃないと怒りを込めて叫んだら、真夜中の冷たい空気が肺に入ってきてゴホゴホむせた。  少年は駆け寄ってきて大丈夫と背中をさする。咳き込みながら、誰かに労わられる手なんて久しぶりだなとぼんやり思った。そのまま何となく気を許してしまい、気が付けば少年の隣、体育座りで膝に顔を伏せ、色々なことを喋りだしていた。
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