美味しいモノに私はなった

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 安物のカーテンから染み出る光で、外がもう明るくなったことを知る。時計を見れば就業時間ギリギリだ。具合が悪くて休む旨のメールを打ってスマホをシャットダウンした。今日一日の時間稼ぎができれば、もうどことも繋がらなくて結構だ。  ベッドの中で向きを変え、少年と向き合う。何だか変な感じ。エッチもしていない男(子供だけど)と一つの布団にいるなんて。  昨夜は酔っていたから曖昧だったけど、お日様の下でもこの子はやっぱり美少年だ。陶器のように滑らかな白い肌、無駄に長いまつ毛、少し垂れ目の横流しな瞳、栗色の柔らかそうな髪の毛。 「おねーさん今日はサボリ?悪い人だね」 「自殺するって決めた日に仕事なんてやってられないでしょ」  それもそうかと、少年はフフフと笑う。 「君止めないよね。普通はいくら知らない人でも、自殺するって叫んでる人を見たら形だけでも止めるでしょ」  昨夜から心に思っていたことを問い詰めればフフフと笑っていた顔が一転、そうなの?と、目を見開いて驚く顔をみせた。そんな反応をされると私の言い分の方が変なのかと疑ってしまう。いや変じゃないよね、世の中の主流は内心どうでもいいと思っていても、自殺はダメだよって止める偽善者の風潮じゃないか。 「おねーさんは止めて欲しいの?」  その問いには答えられない。無言でいるとまた答えづらい質問をされる。 「おねーさんは本当は死にたくないの?」 「天使君、君の翼、もう一度見せて」  彼は布団から上半身を起こし、何も言わず背中を向けた。昨夜と同じように肩甲骨が割れ、パアッっと白い翼が生えてきて、部屋中一杯になるくらい大きく広げる。細い羽が何本か抜けて宙を舞った。手のひらに取るとフワッとした毛は柔らかく気持ちが良い。  目の前に天使がいる奇跡だ。私の罪なんてこれに比べたら取るに足らない雑事でしょう。少しくらいこの奇跡にすがってもいいんじゃないの? 「本当は死にたくないよ」  思わず出た本音。すぐ布団にうつぶせになり枕に顔を伏せた。そんな私を少年は背中から抱いて包み込む。昨夜と同じくまた頭をポンポン撫でられた。目の端から流れる涙は枕がいくらでも吸ってくれる。 「おねーさんシャワー浴びておいで。嫌なことも二日酔いも、全部流れてスッキリするよ」  少年はそう言ってまたうなじにキスをした。  私の体はそれでスイッチが入り動き出す。
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