めぐり逢わせ

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 突然声を掛けられた宿泊客は、どう返答しようか迷っている風だった。しかし怯えている様子ではなく、強い光の宿る瞳で衛を見つめている。 「いやいや、答えたくなければそれで結構。観光をなさらん方は珍しいもんでさ、野暮なことを伺いましたな」  衛は面目無さそうに頭を掻く。 「いえ、そうやないんです。大切な方の墓参りをする為にここに来ました。その方が亡くなられてから六年掛かってしまいましたが」 「そうでしたかい。これは立ち入ったことでしたな、大変失礼致しました」  堀江は衛にうっすらと笑みを浮かべ、いえと答えた。たったそれだけの会話だったが、衛はその時に見た綺麗な瞳が印象に残っていた。それが三十歳の若さで亡くなった末弟荘介(ソウスケ)と少し似ているような気がした。  彼は十五歳年上の長兄道夫を誰よりも尊敬し、いつか兄のように人に喜んでもらえる仕事がしたいと目を輝かせて話していたのを思い出す。ところがある夏の日の夜、バイクで遊びに出掛けていた帰りに居眠り運転の暴走に巻き込まれ、バイクごと吹っ飛ばされてほぼ即死状態だった。  荘介も確か背が高かったな……衛は亡き弟へ思いを馳せ、フロントでぼんやりとしていたところにこんばんはと背後から声が掛かる。彼はハッとして振り返ると、近所のレストランシェフとして働いている川瀬義(カワセツトム)という名の二十六歳の青年が四角い包みを持ってにこやかな表情で立っていた。 「旦子(アサコ)さんがコレ渡してくれって」
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