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出会いも、冬だった。小学生だった頃は知らなかった「学ラン」姿のお兄さんに、寒くない? とマフラーを貸した。首にかけたはずがすとんと優花の胸の上に落ちてきて、悲鳴をあげて逃げたのが初対面。
次の日にもう一度行けば、少し目じりの下がった優しい顔が、困った表情でごめんねと謝った。同じくごめんなさいと告げたのが、話すきっかけ。
怖いことは何もなかった。
ただ、お兄と呼んだ彼が変わらないだけ。いつでも隣で、黙って話を聞いてくれた。それだけで、ずっと救われてきた。
小さないじめにあった時も、初恋が散った時も。
「お兄、あとは?」
『風がやめばいい』
変わったのは、優花の方。背丈は少し優花の方が大きくなった。好きな人もできた。大学進学のために、東京へ行くと決めた。
お兄に会える日々が、終わる。
だから尋ねた。何かしたいことはないか、と。
手作りのお菓子もマフラーも渡せない、渡す意味のない相手。手紙だって開けない。けれど面と向かって告白する勇気はなかった。
写真が撮りたい、とお兄は言った。何も覚えていないのに、気づけば両手でフレームの形を作っていたと言う。撮りたい景色がずっとあった、と。
透けていなくても、お兄はきっと幽霊だ。未練を無くす意味は察していた。
同時に、お兄はずっと待っていた気もした。いつか来るこの別れと、優花の成長を。
何しろ、お兄の注文は難しかった。子供では理解できないし、今の優花でも、スマホ片手に苦戦の連続だった。
指定のカメラは、画面に出てきたゼロの数に絶句した。購入を諦めて、代わりがないかと祖父母の家で探し、見つけて驚いた。
なんでも、父の亡くなった兄の趣味で、さらにその息子が使っていたという。物置で十年は眠っていた物で、手入れや修理は、お兄や他の大人の手助けが必要だった。終われば、さらに使い方を学んで練習した。
受験勉強より辛かった。気持ちに負けて手が止まった回数は数えきれない。
別れを告げたのは優花なのに。お兄が消えてしまうのは怖かった。
それでも。
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