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雪の中、一組の男女が見えるだろうか。
彼らは、同行者の私そっちのけでふたりよろしくやっている。悔しいので、私は遠くから、まがいものの読唇術を使って彼らで遊んでみるとしよう。
A「(風景を見ながら)あ、あっちのほうがきれいかも」
B「(上を見上げて)え、どっち?」
A「左に三十度。いや、三十五度かな。やっぱ四十度」
B「こっち?」
A「で、前に三歩」
B「三歩ね」
A「大股、大股」
B「雪が……、わかった、小股で六歩歩くよ。そうすれば一緒だ」
A「……」
B「どう、いい画撮れる?」
A「うーん、やっぱ戻って。さっきの場所にしよ」
B「えーっ……」
彼もなかなか大変だ。
冬の野遊び。そんなものに文句も言わずに付き合って、彼女を撮ろうと持ってきたはずのカメラを彼女に取られ、風景写真を撮りたいという要望に応えて肩車での大移動……(雪の中ということを考慮に入れるとじゅうぶん大移動といえる状況なのだ)。彼女は彼を見もせずに、野山の雪景色に夢中になっている。
私は、彼女のどこがいいのかと彼に尋ねたことがある。その答えは、「マイペースなところかなあ」だった。
彼女のほうには尋ねたことはないが、大方「優しいところ」とでも言うのだろう。「たまにお人好しだよね」と悪びれもなく言うならば、それもそれでおもしろいことではある。
彼らは同じ大学へ行くそうだ。ふたりが付き合い始めてから、私はずっと置いてけぼりだったけれど、今度こそ……、ほんとうに、彼らとはお別れだ。
最後の冬だからと思って誘われるままについてきたけれど……、置いてけぼりも、今度が最後だ……。
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