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私の記憶では二十年前に潰れた喫茶店。そこでモーニングを食べるのが、彼の家に泊まった時の定番だった。
まさか、このモーニングをまた食べられるなんて思ってなかった。フレンチトーストが美味しいのだ。
「で、宏美。これからどうするの?」
「普通に生活する、って言いたいところなんだけど。まったく覚えてないからねー。大学もバイトもこなせるかどうか」
大学の友達の顔も、バイト先のファミレスのオーダーの通し方も、もはやあやふやだ。
「未来に帰りたいとか思う?」
「それは別に」
むしろ、帰りたいとは思わない。やり直せるのならば、そちらの方がいい。
「そっか。じゃあ、しばらくは俺と一緒に行動しようよ。そっちの方が安心でしょ?」
「それは、そうだね。ありがとう」
この時代の案内人といったところか。
「あのさ、一個だけ。聞いてもいいかわかんないんだけど、やっぱり気になって」
「何?」
「未来の宏美は、誰かと結婚してんの?」
真剣な顔で言われた言葉に、少し胸が痛む。
「してないよ。ずっと一人」
「そっかー」
うん、と一つ頷き、
「あなた以上の人がいなかったから」
素直に気持ちを口にする。せっかく戻ってこれたのだから、思いは伝えないと。
たっくんはしばらく黙って、それから顔を赤くすると無言になってパンを頬張った。それが可愛くて少し笑った。
朝食を終えて、二人並んで店を出る。
「今日はデートの約束してたんだけど、どうしよっか?」
「できればこの辺散歩したいな。覚えてないし」
「りょーかい」
そんなことを言いながら、近所を散歩する。三十年後もあるものも、ないものも、一つずつ覚えていく。
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