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「拾ったって言ってたっけ、そのカメラ?」
わたしは眼前の、カメラを手にした眼鏡の彼女に向かって、さりげなく言う。
雪が降る河川敷には、季節外れの桜がポツポツと咲いている。
「そう。二日前に。『交番に届けないことを条件に、拾ってください』って書いた紙の上、道端に」
「随分厚かましいカメラだね……。で、映った人の感情がわかるんだって?」
「そう。部活帰りの祐馬を撮って見てみたら、『お腹空いたー』って画面に出てた。仕事から帰ってきたお父さんは『ビール、ビール』って」
「わかりやすい家族で結構なことです。それで、どうするつもりなの? みーちゃん、それ使うの?」
「使いづらいよ。被写体が何を考えてるかなんて、知ってもしょうがないもん。それに、世の中にはもっと知らないといけないことがいっぱいあってね、例えば……」
あ、始まった。
みーちゃんはたまにこうなるのだ。
自分の好きなもの、関心のあるもののことになると、長々と話し出してしまう。時間を忘れて。いや、そんな概念すら存在しないかのように、延々と。
わたしの言葉足らずで勘違いをさせてしまっているかもしれないので、訂正すると、わたしはみーちゃんのこういう話が嫌いではない。
普通の友達間なら、何度か経験すると、嫌な思いをしたり、聞き流すようになるんだろうけど、わたしはじっと聞いている。みーちゃんの話が好きだから。
どうしてと言われると答えに困るけど、多分、熱意なんかに魅せられてるんだと思う。
「……ねえ、聴いてる?」
「聴いてるよ。続きはないの?」
「やっぱり、迷惑なんじゃないかと思って。わたし今まで、この癖のせいで何人にも嫌われてるし」
「そんなことないよ。わたしは大好きだよ、みーちゃんの話」
風が吹き、雪が舞った。
「寒くなってきたね」
みーちゃんがマフラーで鼻と口を覆う。
わたしは訊いた。
「あったかい?」
「うん、とても。一緒に巻く? 長いから二人とも温められるよ」
「ううん、今はいいや。ありがとう」
頬に落ちる雪がさっきより冷たい。
「……ねえ、ちょっとわたしを撮ってみてよ」
「え、なんで?」
「みーちゃんの言ってることが本当なのか、確かめないと」
「私が嘘をついてると思ってるの?」
「ぜーんぜん。だって、みーちゃんだもん」
「じゃあ、なんで?」
「いいから」
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