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残されたトルソーは柳瀬の師匠である伊与田のことを考えていた。倉庫に置いてあるたくさんのマネキンやトルソーの群れ。ディスプレイとして店では使えないものや、古くなったもの、欠損の激しいものなど、個性は豊かだ。
柳瀬が特別な好意を抱き、執着にも近い想いで夜な夜な身体をすり合わせてくる。何もできない身体だ。それなのに、どうしてこの子は構ってくるのだろう。頭の脳みそで考えようにも、もともと頭部は存在しない。身体の中もからっぽで心臓すら動いていない。だが、感情はある。毎日のように作業場へ赴き、身体に触れ合い、添い寝をする。ただそれだけの行為だというのに、両手足のない自分が、頭部がない自分が、突然欠陥品のように思えてきたのである。この両手さえあれば、彼の身体に触れることができるのに。両足さえあれば、彼のあとを追って抱きしめることができるのに。頭部さえあれば――彼の唇に応えることができるのに。
柳瀬を苦しめている最大の要因は、人間とは違う、ただのトルソーであるということだろう。いますぐに柳瀬を追いかけて、抱きしめてしまいたい。愛している、と言葉で伝えてあげたい。一生仁紀のそばにいる。
柳瀬が館内の電気をすべて消灯したようで、作業室は真っ暗になった。
けして動かず、話さず、どこへも行くこともできない。だからこそ、柳瀬の訪問は嬉しいものであった。
窓のカーテンの隙間から、白くて美しい月光が射しこむ。月明かりが照らす男はあくまでもトルソーで、それ以外の何物でもなかった。
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