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「あなたが伊与田さんのもとへ来て、どれだけの年月が経ったのでしょう。これほどまでにくすんでしまって、伊与田さんは、あなたを大事に扱ってくれなかったのですね。僕が伊与田さんよりも早く、あなたに出逢っていたら……」
柳瀬はトルソーの頸部に頬をすりよせる。人間のような柔らかさはないが、平坦な断面は布地で覆われているため、彼の皮膚に触れているかのようにも感じる。
「どうして僕は、あなたを愛してしまったのでしょうか」
柳瀬はトルソーにすがり、さめざめと泣く。
どうして特定のトルソーに惹かれているのかという理由はわかっている。
だが、言葉では言い表せないほどの情熱が、苦しさが、切なさが、ときおり柳瀬を悩ませるのだ。
どうして彼は人間でないのか。
どうして僕はトルソーでないのか。
どうにもならない現実に柳瀬は幾度となく涙を流してきたが、結局は同じ答えに落ち着く。
――あなたが存在しているだけで、僕は嬉しいのです。
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