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夢のような時間から現実に引き戻されたとき、柳瀬はきまって虚無感に包まれる。自分はいったい何をしているのだろう、と。人形相手に欲情することは普通ではない。似たような言葉を、視線を、偏見を、何度も浴びせられた。それでも一見愚かにも思えるこの行為は――やはり愛のなすべきものなのだろう。
「僕はあなたを愛しています……あなたは何も言わなくていい。僕が、あなたを愛しますから……」
柳瀬は横たわったままの彼を抱き起し、ところどころに付いた埃を払う。それから定位置となっている作業台の近くに立たせた。
「今夜はこれでおしまい。また会いに来ます」
シャツのボタンを留めながら、柳瀬は語りかける。
「伊与田さんには内緒で、あなたのスーツの仕上げをさぼってしまいましょうか。そうすれば、僕はあなたと過ごす時間を増やせる。そうだ、それがいい」
ベストに腕を通し、こちらもボタンを留めていく。
「でも、そんなことをしたら伊与田さんだけじゃない。あなたにも怒られるのでしょうね。わかっているのです。そんなことをしたら職人失格だと。もともとは伊与田さんのものだったあなたなら、きっと同じ意見なのですね。――失礼」
トルソーにかけたままであったネクタイを抜き、自らの首に締める。少しずつ、紳士の顔が戻ってくる。
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