17人が本棚に入れています
本棚に追加
敷居が高い店というものはどうしても足が遠のいてしまうが、そのテーラーはいつも客足が賑やかである。
都内の高級住宅地の一角にある自宅を改装した「テーラーIYODA」はオーダーメイドスーツの専門店だが、フォーマルはもちろんカジュアルなもの、シャツ、カフスやタイといった小物も充実しており、店主である伊与田の確かな腕と人情で客足は伸びる一方だ。
伊与田は五十前半というテーラーの中では若い年齢であるが、高齢の客はもちろん、社会に出たばかりの年若の青年。
さらには実年齢よりも若く見え造形が整っている伊与田のファンになる女性など、客層は幅広い。これらも伊与田自身の魅力であるといってもいい。
そんな伊与田のもとに五年ほど前に現れ、「弟子にしてください」と頼みこんだ青年がいる。
既製品の安いスーツが売れる時代に、ひとつひとつ手作りで高価なスーツを取り扱うこの店には不似合いな若者であった。だが伊与田はその男の情熱を買い、住みこみという好条件で青年を雇い入れることにした。
柳瀬仁紀と名乗った男は驚くほどに無機質な美貌を持った好青年であった。
「柳瀬くん。君はどうしてうちで働きたいんだ? スーツなら他の店でも作れるし、もっと大手の服飾メーカーだってあるだろうに」
「僕はスーツを着ている人が好きなのです。その人、ひとりひとりの身体にあった、上質で、着心地がよく、物持ちがいいスーツを作りたいのです」
「君の容姿なら、僕らのようなテーラーじゃなくて、むしろモデルとしてもやっていけるんじゃないかな? 君、とても恰好いいし、スタイルも抜群だ」
「いいえ。僕は一人前のテーラーになりたいのです。それこそが、僕のなりたいものなのです」
柳瀬は服飾関係の専門学校を卒業尾後、地方から上京し、就職活動の過程で伊与田のテーラーを知り、そして現在に至る。
最初のコメントを投稿しよう!