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柳瀬はメジャーを取ると彼の胸に両手を這わせる。
ピンと張った状態を保ちつつ、長さの値を記憶し、一度トルソーから離れて数値をメモする。
メジャーを首にかけ、仕立て直していく様は、いっそ優美で絵になる瞬間であった。
「丈はちょうどいいですね。あなたの締まった腰に映えるデザインにしたのですが、気に入っていただけましたか?」
柳瀬はトルソーの背後に回り、ジャケットと素肌の間に手を滑らせる。成人男性としては薄い手のひらをしている柳瀬でも、手首までは入らなかった。
柳瀬の計算に狂いはない。今は素肌の上からはおらせているが、シャツやベストを組み合わせると、このくらいの余裕があったほうが好ましい。
柳瀬は目蓋を閉じ、夢想する。
早く一人前のテーラーになって、彼のために上質なスーツを作りたい。
採寸から生地選び。糸や小物、縫い口にまでこだわって、彼のために技術の粋を集めた最高級のスーツをしつらえたい。
「ネクタイは、僕とお揃いにしましょうね」
柳瀬は自らのネクタイをほどき、背後から彼の首にかける。
柳瀬が「あなた」と慕うトルソーには頭部がなかった。
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