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「ごめんね。気持ちはすっごく、嬉しいんだけど、付き合うことはできない」
「そう、だよな。逆にごめん、こんなこと突然。それに婚約するって聞いーー」
「でも、」
小学校の同級生だと言う彼に告白をされた。
しかしその彼の顔に見覚えはない。見覚えがないというか、そんな昔のとっくに関わりがない人の顔なんて朧げがにしか認識できない。
それでも、好きだと言ってくれた彼にほんの少し報いたいとは思う。
「あッ...ン、ぁあ、あふ、すっごいイイ」
「ハァッ、...ッァハァ」
たった一度。たった一度の関係ならば、そこにはちょっとの情が芽生えるだけで、そんなものはすぐなかったことと同じことになる。ゆえに一回きり一度きりの行為ならば続けることができる。
同じ人、つまりは自分が好んで選んだ相手と繰り返される行為になんて、愛や恋など、という幻想に惑わされているに過ぎない。
それはもう、自分には必要ないものとはっきりと区別している。
「そういえばさ、婚約するって聞いてたんだけど、よかったの?相手の人とか、」
「ーー終わったから、帰る」
「え?...帰るって、泊まってけばいいじゃん」
「もう会わないよ」
外気に触れて、身体が少し冷えると妙に頭が冴えた感覚がした。煙草を一本取り出し、火を付ける。肺いっぱいに空気を取り込むと、上にふうーと煙を吐き出した。
さきほど見た飛行機雲はもうどこにも見当たらなかった。
それと同じようにこの小さな思い出というには些末な出来事が、一本の煙草の煙と共にどこかに流れてさよならした。
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