ネギとトカゲ

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ネギとトカゲ

ネギだよ、ネギ。 ちくわと、卵と、大根と、こんにゃくはいらないから、あとはネギだよ。 まぶたの裏がオレンジ色に熱くて、うっすらとあけると、男が二人壁にもたれかかりながらゲーム機器をかちゃかちゃと指で鳴らし続けている。あまりにもそこにいることが自然体であるかのような表情を浮かべていたため、喉までこみ上げてきた叫びを飲み込んだ。 「おお、おきたおきた」 小豆色のセーターを着た茶髪の男がこちらに一瞥をくれ、すぐさまテレビ画面に顔を戻した。ぼくが右目をこすりながら、懸命に昨晩の記憶を探っていると、 「ネギ買ってきて、ネギ」 と黒縁眼鏡をひっかけたふくよかな男がこちらも見ずにそう言い放った。 「ネギ・・・」 思わず彼の言葉を繰り返す。 「おでんつくんだよ。昨日決めたじゃんか」 と彼は咳交じりに言う。鼻が少し上を向いている。 そうだ、そうだ。油の染み付いたテーブルと、鉄板の上の鰹節が鮮明に蘇ってきた。やっぱりおでんが食べたかったなあ、と拗ねた曇り眼鏡も、三人で作ってみようよと茶髪が提案しながら水をこぼしたことも、彼らが大学の同級生で週末は家に集いコンビニで買いまくったお菓子とともに深夜アニメを評価し合っていたことも、次々と記憶が浮かび上がってくる。 かなり熟睡していたのかもしれない。 「ネギ買ってくるよ」 とぼくは起き上がり、玄関へ向かう。部屋の奥から、ありがとうああ死んだ死んだと声がする。 扉の外の廊下には点々と湿った枯葉がこびりついていて、廊下の端では逞しい左腕に狐の入墨を彫り込んだ男が空を見ながらタバコを吸っている。 「また怒られますよ」 とぼくが声をかけると、彼はいいんだよと顔をくしゃくしゃにしてはにかむ。八重歯が白くて、無邪気な小学生のようだ。ぼくは彼がトカゲを飼っていることを知っている。アパートの階段にいたから捕まえたらしいそいつは虫かごの中でじっとしていた。かわいそうですよとぼくが言うと、彼は黒いビーズみたいな目を熱心に見つめながらそうかあと呟いた。あの部屋の埃とヤニの匂い、丸まった布団と空っぽの冷蔵庫しかない静けさがぼくは好きだった。 じゃあと軽く頭を下げ、ぼくは隣の家のドアノブを回した。扉は勢いよく開き、ぼくはまたかと眉をひそめる。
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