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十悟(じゅうご)はそのタイムカプセルを改めて見た。数日かけての清掃で土埃などの汚れは取り払われたが、外観は長い年月の風雨や腐食によるサビが激しい。わずかに残る残骸から、作られた当初は真っ白な塗装が施されてさぞ美しかったであろうことが予想された。しかし見るも無残な鉄くず同然となった今では真相を突き止めることは出来ないだろう。
強化ガラス越しに見える内部の人間に聞く、という手段を除いては。
回れ右してデスクに戻ると、女がパソコンに向かっている。百美(ももみ)は共に働く研究者だ。実の妹でもある。
「データはまとまりそうか?」
十悟が言うと、百美は画面から目をあげず応えた。
「ええ、もう終わるとこよ」
「早いな。どれ、見せてみろ」
十悟は百美の背中越しに画面を見た。フォルダの中に大量の画像がサムネイル表示されていた。カーソルがその内の一つに近づいていき、カチカチッとダブルクリックがなされると、画像が画面いっぱいに広がった。
白いベッドで美味しそうにハンバーガーを食べるマザーと、顔を寄せるようにしてピースサインを決める百美の笑顔が大写しにされた。
「この間のお見舞いのときに撮ったのよ。マザー、病人食はもう飽きちゃったって言ったから、お医者さんの許可をもらってハンバーガーをプレゼントしたの」
マウスのホイールが回されると、画像が次々に変わっていった。その度に展開される妹の顔、顔、顔。食傷気味になってしまった十悟は、堪らずにディスプレイの電源ボタンに手を触れて画面を暗転させた。
「今はもっと他にやることがあるだろう。タイムカプセルのデータはどうなってるんだ?」
十悟が言うと、百美は「分かってるわよ」と応えて画面を点けた。
何故彼女がこのようなことをしたのか、十悟は理解していた。正直なところ、マザーはもうそれほど長くはない。だから数多くいる兄弟姉妹全員が順番にお見舞いに行くことが決定していた。にもかかわらず、十悟はその順番を後回しにし続けている。彼女はそれを遠回しに非難しているのだ。
「一段落ついたら必ずお見舞いに行くよ、約束する。だからもう少しだけ待っておくれ。この研究の結果と成果をマザーに自慢したいんだ」
百美は「何回目よ、その言葉」とつぶやいて、わざとらしくため息をついた。
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