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病院には指定の時間通りに着いた。十悟は長い廊下を歩いてマザーの病室へと向かった。窓の外にはブリリアントブルーの綺麗な海水面が広がっている。流石は名医として名高い妹の八百音(やおね)の病院、景色まで一級品だ。それ故に十悟の足取りは一層重くなった。
病室に着くまでの間に、十悟の頭に後悔の念が湧き上がった。一郎が来てから今この瞬間までにタイムカプセルを開けていればどうなっただろう。鼻歌交じりにスキップして病室へ向かっていたか、それともマスコミの対応の為に行かなくて済んだか。
楽観的な想像を十悟は振り払った。そんなに上手くいくわけがない。他の優秀な兄弟ならまだしも、自分にそんな栄光など不釣り合いだ。
病室に着いた。十悟はドアの取手に手をかけた。横にスライドさせると、白く広い空間が広がった。
大きなベッドにチューブが何本も伸びていた。白いクッションに上半身を預けて穏やかに笑っている。数年ぶりに見たマザーだった。
「随分痩せたな」
考えてきた言葉より先に、第一声は素直な感想が出てきた。
「それはお互いさまでしょう?」
声は小さく、しわがれている。
「お見舞いの順番、延期ばっかりしてごめん。別に嫌だったわけじゃないんだ。ただ、その……」
「いいのよ。百美から聞いているわ。タイムカプセルの研究で忙しいんでしょう?」
「ああ。本当はその結果を自慢したかったんだけど、一郎兄さんに怒られちゃった。早く行けってさ」
「じゃあ、成功しそうなのね?」
十悟は自身の顔が曇っていくのが分かった。痛いところを突かれて返答に困ったが、こうも真正面から聞かれては正直に言うしか無かった。
「正直、もう諦めようと思ってる」
「なぜ?」
「分からないんだ。なぜ目覚めた人間が残らず死んでいくのか、どうすれば死なずにすむのか。色々調べて見たけど、どれも確定的な解決案にならない」
後ろ向きな発言は転がるように出てきて止まらなかった。
「いっそのこと、タイムカプセルは他の優秀な研究者に譲ろうかと思ってる。開けなくても貴重なサンプルには変わりないし、その方が中の人間も喜ぶだろうから」
マザーを見ると小刻みに震えていた。顔を伏せているので表情は分からない。容態が悪化したのかと思い十悟が駆け寄ると、マザーは爆発した。
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