封筒

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 俺がミュージシャンを目指したのは中学生の頃だった。行き場のない悩みを抱えて悶々としていた時にたまたま立ち寄ったレンタルビデオ屋にあったCDの試聴機を見つけ、何気なくヘッドホンを掛けてみた。するとそこは別世界だった。ドンドンと身体を揺らすドラム。荒れ狂うかのように啼くギター。そして身を潜めながら唸っているベース。それらを統括して自身を高みへと昇華しているボーカル。なんだこれは…  その瞬間に俺の中にあった悶々とした物は焦りに変わった。俺は一体何をしているんだ。何をすべきなんだ。  不意にボーカルが吠えた。熱いシャウトが俺を駆り立てる。俺はいても立ってもいられなくなり、ヘッドホンを外すと店から飛び出た。そのまま去年中学を卒業して高校生になった先輩の家へと駆け込んだ。先輩は少々驚きはしていたが、寛容に俺を出迎えてくれた。  「おう、どうした雅人」  「先輩! ギターとか持ってないですか!? 持ってたら貸して欲しいんです」  早口に先輩に問いかけると、先輩はふっと息を吐き出した。  「ギターならあんぞ。でもよ、お前が思ってるよりもこいつは使えないぜ?」  「音がでないんですか」  「いやいや、そういうことじゃない。こいつは少し前に新品で買ったやつだ。音は問題なく出る。そうじゃなくてバンドなんてやったって実際にはモテねぇってことだよ」  先輩は手を顔の前で振りながら笑う。まどろっこしくなって俺はもう一度問いかけた。  「それでそのギターは貸してもらえるんですか」  すると先輩はクローゼットに仕舞ってあったギターを取り出し、俺に渡してきた。  「ほらよ。貸すっていうよりもそいつはやるよ。俺はもう二度とやることはないだろうからな。もうお前のもんだ」  先輩から受け取ったギターは黒いケースの中に入っていて姿はまだ見ていない。しかし、ギターケースに積もっている埃からすると全くと言っていいほど触れていないんだろう。  ケースは埃臭かったが、僕はその臭いに現実味を感じて興奮した。先輩に礼を言い、先輩宅を後にした。
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