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「――タナトス?」
なんとなく予感がして、タナトスになっている安治は聞いた。座っている安治は、彼を見たまま軽く首を傾げた。
「安治?」
自分の姿が発した声に、安治は鳥肌を立てた。いつも聞いているのとは違う、体の外側から聞く自分の声だった。
「大丈夫?」
とタナトスが安治の声で心配そうに言った。安治はそこで、自分が口元をしっかりと押さえているのに気がついた。軽い寒気。ひょっとしたら青ざめていたのだろう。
「大丈夫――じゃない」
「座ったら」
他にできることもなさそうなので、安治はタナトスの向かいに座った。
しばらく下を向いていた。艶々した形のいい爪を見、日焼けしたことのない滑らかな手にもう片方を重ねる。
これは自分の手を触っていることになるのだろうか、それともタナトスの手を触っているのか。
おずおずと顔を上げ、『自分の』顔を見る――。
不思議なことに、既に他人として見えてきていた。表情や仕草がどことなくタナトスだ。
――『俺』、首長いな。
自分の体に初めての感想を持つ。じきに、首が長いというよりも全体が痩せているのかも、と思った。安治は自分に対して、もう少し健康的なイメージを持っていた。そういえば、大学をやめる前後でいくらか痩せたんだったか。
――タナトスは自分を見てどう思っているんだろう。
タナトスは、普段安治を見るときと同じように、タナトスになった安治を見ている。何を考えているのかは表情からは読めない。
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