第二夜

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夢を見た。 どこか夢のようなところに立っていた。 イギリスの宮殿の庭のよう――となんとなく思った。バラのアーチと生け垣がガーデンテーブルを囲んでいる。 そちらに向かって歩き出すと、視界にちらちら白いものが入った。 首にある慣れない感触に手をやる。掴んで引っ張っても持ち上がらないほど長い髪が、自分の頭から垂れている。まっすぐな白い髪。 安治の髪は黒く短い。 他人の髪が上半身を覆っている――ぞっとすると同時に了解した。 自分は今、タナトスになってるのだ――。 タナトスは腰まである長い髪をいつもしばらずに垂らしている。邪魔ではないのかと気になっていたが、実際、おそろしく邪魔だった。動くたびに頬を掠め、胸で揺れる。見た目には美しい細く柔らかな質感も、体にまとわりついてくるようで気持ち悪い。 顔を見ることはできないので手を見る。見慣れた自分の手ではなく、繊細な芸術品のような手に飴細工のような艶やかな爪がついていた。 顔を触って、またぞっとする。張りのいいつるんとした肌は、角質の凸凹もなくゆで卵のようだ。 触られた顔も、触った手も、自分のものではない。なのにそれを自分が感じている。 「気持ち悪……」 と知らない声が呟いた。きっと、タナトスがいつも聞いているタナトスの声なのだろう。安治は余計に気持ち悪くなって、もうしゃべらないよう手で口を押えた。 誰もいなかったはずのテーブルに近づくと、いつの間にか一人座っていた。無表情にこちらを見上げている。 見覚えのある顔だ。それが誰かに気づくのに一秒ほどかかった。そこに座っているのは、安治だった。
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