神社

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「蟷螂神社の創建は江戸時代と言われています。当時この辺りに与作という百姓の男が住んでおったのですが、あるときこの男が山に入ったまま行方が分からんようになりましてなぁ。村中総出で探したのですが結局見当たらず、みんながもういい加減諦めようとしとったときにひょっこり帰ってきたようです」 禰宜は話し始めた。一息置いて湯呑みのお茶を啜り、先を続ける。 「ところがこの与作という男の様子が変なんですな。以前は快活でよく親孝行する働き者であったようなんですが、山から帰ってきてからというもの畑仕事をしないで一日中虫を採って過ごすようになりまして。朝早く起きては野山に出掛けていって、籠いっぱいにバッタやらチョウチョやらクワガタやらを採って帰ってくるのです。近所の子供たちには好評でしたが、与作もそろそろ嫁を貰おうかという年齢になっておりまして、いくらなんでもいい歳した青年が虫採りに夢中になるのはおかしいという訳で、両親は首を傾げたということです。しかも驚いたことには、その採ってきた大量の虫を鍋に入れてグツグツと茹で始めたそうなんです。こりゃどうしたことかと家の者が声を掛けても目は虚ろで生返事をするばかり。一体何を考えているのかどこを見ているのか分からんような有り様であったようです。まあ、それだけならいいんですが、おもむろに茹で上がった虫をムシャムシャと食べ始めたものですから、これには両親もひどく驚かされまして、いえ、昆虫食というのはその当時からこの地方では一般的ではあった訳ですが、それでもイナゴやカイコに限られます。いくら昔といってもチョウチョやらクワガタやらは食の対象にはなってませんでしたのでね。ひと通りムシャムシャと食べ終わると、クワを持ち出して庭に大きな穴を掘り、残りはそこに放り込んだそうです。とまあ、こんなようなことが幾日も続いたみたいです」 私は思いもよらず、昆虫食の話になってきたため息を飲んだ。 出されたイナゴの佃煮を箸でつまんで口の中に放り込む。川エビのような食感と、甘辛い佃煮の味が口の中に広がる。ヒゲのようなものが歯の間に挟まり微妙な気持ち悪さを感じる。 よく考えてみれば、食事中に聞くような話ではなかったかもしれない。私は湯呑みの茶を啜り、佃煮の甘さを口の中から消す。 「流石に両親は心配になって、山二つ越えたところにあるお寺のお坊さんを呼びにいったそうです」 と禰宜は続けた。
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