神社

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神社

妻には詳しい内容を言わずに私は研究旅行に出掛けた。ただ地方の食文化の研究とだけ伝えてある。 三泊四日でホテルを予約し、金曜日の夜の電車に乗って目的地へと向かう。新幹線が出来たお陰で移動はあっという間である。 駅前のホテルで一泊し、翌日の朝早くから調査開始である。ホテルの朝食バイキングで早速イナゴの佃煮が出た。実に気が利いている。 今日はレンタカーを借りて各地を回る。なるべく田舎の方まで行き、地元の人に話を聞いてくるつもりだ。そのときに色々と食べさせられるかもしれない。なにせスーパーマーケットでカイコの佃煮が売っている地域だ。 取材は順調であった。私は山に近い集落や川に沿った集落に出掛け、色々な話を聞いた。大学で研究者をしていると言うと、みんな尊敬のこもった眼差しで見てくれる。 信用してくれて家の中に上げてくれて、お爺さんお婆さんたちの長い話が始まる。案の定、渋いお茶とカイコかざざ虫の佃煮を出してもらいながら。 一日が終わるとホテルに戻り、今日聞いた話を整理する。メールにして大学の研究室のパソコンに送れるものはその日のうちに送ってしまう。 次の日も概ね同じように過ぎていった。ホテルの朝食バイキングでイナゴを食べ、田舎に行ってお茶と話とカイコをご馳走になる。 私はカイコはそんなに好きになれない。むしろざざ虫の方が有り難かったが、彼等の話を聞かせてもらう手前、食べないわけにもいかない。 私はおそらくこの二日間で一生分のカイコを食べた。これまでに食べたじゃがりこのスティックよりも多いだろう。 私は一日の仕事を終え、ホテルへ向けてレンタカーを走らせている最中であった。そのときカーナビに蟷螂神社という神社が表示されているのを見つけた。 蟷螂というのはカマキリのことで、だとするとその神社はカマキリを祀った神社ということになる。 私は奇妙に思えたが、日本各地には結構この手のよく分からないものを祀った神社がある。 文化人類学のフィールドワークをしていると、こういった神社を見つけるのは珍しいことではない。神社の由来を調べることで研究に役立つ貴重な情報を発見することもある。 カーナビの情報によるとすぐ近くだし、もののついでに調べておこうと思った。 なにせカマキリは昆虫を食べる。(カマキリ自体昆虫であるが)悪くない。昆虫食の風習についての何か手掛かりが得られるかもしれない。 私がそこに着いたのは夕方五時を回ったところであった。あたりはもうほとんど真暗になりかけていて、僅かに残った夕焼けの残像が神社の森の西側をぼんやりと浮かび上がらせていた。 蟷螂神社はそこそこ立派な神社であった。面積的には東京の神田明神ほどもあるかもしれない。 鳥居は特に変わったものではないが、普通であれば狛犬であるはずの石像がカマキリの形になっている。 ちゃんと向かって右のカマキリ(狛カマキリというのだろうか)の口は開いているし、向かって左のカマキリの口は閉じられていた。 夜の神社というのは不気味な雰囲気がある。私は少し寒気を感じた。二体のカマキリが不気味さを演出しているのかもしれない。 もうほとんど日が暮れかかっていたので、社殿の色ははっきりとしなかったが、もしかして緑色に塗られているのかもしれない。 私は出来るだけ冗談めいたことを考えようと努めた。おそらく授与所ではカマキリみくじなるものが売られているのだろう。 ゆるキャラ的に描かれたカマキリのイラストが載った紙を開けると、大鎌とか鎌とか凶鎌とか書かれているのだ。運勢悪し。共喰いに注意せよ。 巫女さんの服は普通は白と赤だが、ここはきっと白と緑だろう。御利益は子宝祈願である。 実にくだらないことを考えながら、私は社務所に向かった。もしかしたらもう神主は家に帰ってしまっているかとも思ったが、まだそこに明かりがついていることが分かってホッとした。
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