神社

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「ごめんください」 私がドアの前で声を掛けると、ほっそりとした中年の男性が出てきた。 神主の恰好はしていない。普通のチノパンに柄の付いたセーターといった服装である。禰宜なのだろうと私は思った。もう帰るところだったのかもしれない。 「何か御用でしょうか」 穏やかな口調でその人は言った。 それにしても随分とほっそりとした人である。ちゃんと栄養は足りているだろうか。私はポケットから大学の名刺を取り出して、なるべく自分が愛想良く見えるように努めた。 「私は京葉大学文学部文化人類学研究室の斉藤と申します。この辺りで昆虫食に関するフィールドワークをしております。その一貫として地元の神社の由来を調べています。差し支えなければお話を伺えませんでしょうか」 私は正直に自分の目的を伝えた。別に何かのセールスに来た訳ではないのだ。やましいところは何もない。これは純粋な研究なのだ。 男性は一瞬、はるばる東京から物好きな人間がやって来たものだという表情を顔に浮かべたが、多くの人にこの神社の存在を知ってもらうことも禰宜の努めであるというようなことを言い、(やはり禰宜だったのだ)近くの自宅に招待してくれた。おまけに夕食を一緒にどうかと誘ってくれもした。 地方でフィールドワークをしていると、まだまだ日本にも人の温かみが残っていることを感じさせられる。それとも、全国的に高い偏差値で知られる国立大学の名刺が物を言ったのか。 またカイコを食べさせられると思うとウンザリしたが、そろそろ夕食の時間だった。暖かいご飯が食べられると思うと、ホテルに戻ってコンビニの弁当を食べるよりはいいかもしれない。 そうして私は禰宜の自宅のリビングで、奥さんの作った手料理をいただきながら話を聞くことになった。 この地方の郷土料理がいくつか並び、ご丁寧にもイナゴの佃煮まで出してくれた。今回はカイコはなかった。ざざ虫もなかった。 イナゴはホテルの朝食バイキングで食べたきりだった。不思議なことに、昨日も今日もイナゴを出してくれた家は一件もなかった。 大抵カイコで、一部がざざ虫だった。不思議とずっと逢いたくてしばらく逢えなかった恋人にようやく逢えたような、あるいは欲しいと思っていてずっと探していたCDを見つけたような、そんな気持ちになった。そのCDがwith Gでないことを祈った。 禰宜の家族は奥さんと母親がいるだけのようだった。先代の禰宜は五年前に先立ち、後を継いだようである。 子供は大学生の女の子が一人いるようだが、将来神社の後を継げるように伊勢神宮の近くの大学に通っていて、向こうで一人暮らしをしているらしい。もちろん私もその大学の名前は知っている。 全国各地から神社の子息達が通う私立大学である。蟷螂神社は名前の割にはちゃんとした神社らしい。全国の神社庁にも登録されているのだろう。 それよりも私が気になったことは、禰宜の家族は奥さんも母親も大きな体をしていたことだ。 禰宜がほっそりとしているせいもあるだろうが、奥さんの横幅は旦那の二倍程あるように見えた。 身長も禰宜とほぼ同じくらいで、私の身長と比べて推測するに、百七十センチくらいはあるだろう。二人が縦に並べば、禰宜は隠れてしまうに違いない。 母親の方も老人にしてはでかかった。腰が曲がっているため、背丈はそれほどはないが随分とふくよかである。 まあ、人の好みについてはとやかく言うまい。これはまだどこにも発表していない私の仮説だが、男の子は母親に似た女性を好きになると思う。 いつか詳細なデータを集めて研究として発表したいが、文化人類学をやっている限りそのチャンスはないであろう。 きっとこの禰宜も母親に似た女性を選んだのだ。カマキリのメスは交尾の後でオスを食べてしまうが、この旦那も結婚前はもっと肉付きが良かったのだろうかと、余計な事を考えてしまった。 私は食事をご馳走になりながら、禰宜の長い話を聞いた。
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