昆虫食

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昆虫食

近頃、昆虫食が注目されているらしい。 昆虫を食べる文化というのは世界各地にある。東南アジアでは一般的に昆虫が食されている。 バンコクの屋台通りに行くと、油で素揚げされたタガメやらコガネムシやら蛾の幼虫やらを売っているお店を普通に見かける。 中国でもサソリを食べる地域があるし、オーストラリアのアボリジニの間では大柄な芋虫が貴重なタンパク源として、何百年もの間彼等の食生活を支えてきた。 日本にもイナゴを佃煮にして食べることは一般的に行われているし、中部地方のある県ではカイコやざざ虫、蜂の子などが今でも食されている。 それとは別に、最近人口増加や環境の変化による食糧危機が叫ばれており、将来の人類を支える貴重な栄養源として昆虫が注目されている。 昆虫は繁殖力が強く、栄養価が高い。百グラムあたりで同じだけのタンパク質を摂ろうとした場合、牛や豚を生産するのは膨大な農地とコストと手間暇がかかるのに対して、昆虫ならば遥かに安いコストで生産出来る。牛のようにメタンガスも出さず、地球温暖化の要因になることもない。 ヨーロッパの方では既に研究が進んでおり、いくつかの国ではスーパーマーケットでコオロギの粉末を練り込んだパスタが買える。宇宙食としても注目されているようだ。 それとは別に、最近日本でも昆虫食の愛好家という人たちが増えているらしい。 東京には何軒か珍しい食べ物を出す店がある。いわゆるゲテモノ料理屋というやつだが、ワニだのカエルだのの他に、東南アジアで食べられているようなタガメやコガネムシも食べることが出来る。 昆虫食の愛好家たちのイベントも都内で定期的に開催されていて、毎回多くの人が参加するようだ。そこではイナゴのように伝統的に食べられている虫だけでなく、セミとかコオロギなども食べられているらしい。 ネットで調べてみると、生きているときそのままの姿をした虫たちが、お洒落にパスタやカナッペの上に乗せられている写真を目にすることが出来る。 セミは羽化したてが一番美味いだの、幼虫はナッツの味がするだの、味に関する詳しい情報まで手に入る。 古代ギリシャの哲学者アリストテレスもセミの幼虫が好物だったらしい。そればかりか世の中にはマダガスカルゴキブリという食用のゴキブリまでいるようである。 アメリカでは毎年このゴキブリを食べる大会が開かれているとかいないとか。流石にそこまでいくと私も抵抗感がかなり強くなる。 ゴキブリとなるといくら何でもやり過ぎだろうと思うが、私の小さい頃は男の子はみんな昆虫採集に夢中になったものであった。 昨今の都会の子供たちの中に虫が苦手な子が増えているという現状を嘆かわしく思っていたこともあって、ふと次の研究は日本における昆虫食の在り方にしようかと思い立った。 私は大学で文化人類学を研究しているのだ。伝統的に昆虫食の文化を持つ地域に行ってフィールドワークを行う。次の三連休にでも早速行ってみよう。 しかし妻が何と言うか。彼女は都会育ちで虫を見るのも怖いときている。台所でゴキブリを発見すると、必ず私が呼ばれて退治させられる。 彼女はゴキブリという言葉を発するのも嫌なようで、いつもアレとかGとか言ったりする。Gというと、まるでテレビのイニシャルトークをしている訳ありの芸能人のようにも思えてくる。 妻は無意識にゴキブリの価値を高めているのかもしれない。ゴキブリなど見つかり次第人間にスリッパで叩かれるだけの存在かと思っていたが、知らず知らずのうちに地位が上がっていたらしい。そのうちCDでも出しそうである。『台所ジャングルwith G』とかでデビューしそうだ。 取り止めのないことばかり考えていたが、自分でも物は試しとばかりに仲の良い生物学の研究者を誘って珍しい料理を出すお店に行ってみた。 そこで初めて見たサソリの姿揚げに悶絶することになったが、昆虫食に対する私の興味はますます膨れ上がった。 食べることに関しては、私はこの昆虫食という荒野を進んでいくことは出来ないらしい。 私はサソリを同行者に任せてカエルの足の唐揚げを頼んだ。サソリにノックアウト寸前になっていたが、お店の人の前で弱味は見せたくない。ビールと一緒にカエルの足を腹に流し込んだ。 よし、今度の休みから研究に取り掛かろう。私はサソリを横目に見ながら頭の中で取材旅行の日程を組んだ。 私は虫採りは好きだが、食べられるのはギリギリでイナゴまでだということを、このとき思い知らされた。(この後すぐにもう少し食べさせられることになるが)結局、私はサソリは食べられなかった。 同行した生物学の研究者はバリバリとサソリを食べてしまい、追加でタガメを注文していた。おまけに彼はセミとコオロギの唐揚げも食べ、コガネムシを漬け込んだ酒を美味そうに飲んだ。 私が研究するのは最先端の愛好家達の好みではなく、日本の伝統的な食文化である。
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