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この世界は迷路 たとえ柵がないのだとしても
段ボールの中から出てきたのは、ごわごわした画用紙たち。
それは、私が幼い頃に描いた絵だった。覚えているものもあれば、一体何が描いてあるのかさえ分からないものもある。
こんなものまで取っておいてあったのか。亡くなった母の「物を捨てられない性格」を思って、少しげんなりする。
一枚の絵を見て、私の手が止まった。
そこには、笑顔の男の子と女の子、空を飛んでいるらしい黄色い鳥が描かれている。そして「おはようは一日のはじまり!」の赤い文字。
しかし、それらとは不釣り合いに背景は真っ黒に塗られていた。
思い出した。
この頃の私の世界を作っていたのは母だったことを。
母が亡くなったのは二ヶ月ほど前だった。その少し前から体調を崩して入院していたし、年齢も八十を超えていたのだから、予想していなかったと言えば嘘になる。
父はとっくに亡くなっていたので、一人娘の私は、葬儀から納骨まで、ただただ忙しくて悲しむ余裕すらなかった。
そして今日、まとまった休みを取った私は家の片付けをするために一人、この実家にやって来た。夫は仕事が休めなかったし、大学生の息子を連れてきても役に立ちそうにない。仕方なく一人で帰省することにしたのだった。
玄関の鍵を開け、中に入るとわずかに残っている線香の香りとほこりのにおい。しん、とした空気は、ついこの間まで人が住んでいたとは思えないほど冷え切っていた。
十八年暮らしたこの家が、まるで他の誰かの家のようで、上がるのを躊躇ってしまう。
「ただいま」
小さく呟いた声は思いのほか大きく響いて、そして消えた。
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