ワタシは死にました

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ワタシは死にました

頭の中に響く笑い声でここが夢の中なのだと認識する。 笑い声は家族のもので真っ暗なここは自分の部屋。カーテンを閉め明かりを消した真っ暗な部屋で閉ざしきれない笑い声がずっとずっと続く。 うなされる自分の声で目が覚めた。 久しぶりに悪夢を見た。それに前世でのことを夢に見るのも久しぶりだ。 「未練なんてないはずなんだけどな…」 ベッタリとはりつくような不快感を振り払ってベッドから降りて寝室を出る。 コーヒーミルで豆を挽いていく。ゆっくりと丁寧に挽いていく。 ガリガリ、ガリガリ… この世界でもコーヒーの文化があり電動のものはないがこうして手で挽くミルは元の世界と変わらぬ水準のものがある。電動のものをそのまま再現することは出来ないが魔法を使えば再現は可能だと思われるもののコーヒーが産業として成り立っていないこの世界ではそういったものはないようだ。そして手挽きのものに関しては前の世界と遜色がない、というか魔法加工の技術もあるため全体的な水準はむしろこちらの方が高い。よほどの安物でなければ包丁も良く切れて長持ちする。ただし、こちらでは刃物全般は高級品だ。 豆を挽いてからお湯を沸かしてパンを焼く。 お湯が沸くより早く焼きあがったパンを一口かじり二口目からジャムをつける。 悪夢に限らず嫌なことがあったときの甘いものは美味しいというより沁みる。お湯が沸いたらドリッパーにセットしていたコーヒー粉にお湯を注いで蒸らす。膨らむ粉を見ながら30秒数えてお湯を注ぐ。お湯を全体にいきわたらせていったん区切り、次に注ぐお湯はガスを抜くように回して注いでいく。 起きた時に悪夢を見たからコーヒーは濃く苦くして憂鬱を吹き飛ばそうと思ったがもう嫌な気持ちは夢の記憶とともに消えていた。 この世界で再び生を受けて19年目の朝。 そしてこの世界での変わらぬ1日が始まる。
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