第一章 屋根族とは

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 帝太は窓枠に、右手の中指と人差し指をかけていた。  屋根族は壁を走ることも認められている。靴裏はしっかりと地面に垂直だった。 「簡単には落ちねえけど、すぐそこなんだよ、地上が」  片足を地面と水平になるよう、下ろしていく。 「俺の新しい人生。新しい何か」  帝太の鼓膜が「ギニャア!」という、優しくない鳴き声につんざかれた。  痩せ細った野良猫が、伸ばした背中を震わせて警戒している。この裏地を縄張りにしているのだろう。 「おまえ、地上の狩猟採集民だな。肋骨が浮きでてるぞ。難儀なんだなあ」  帝太は些少の微笑みに、たくさんの憂いをこめた。 「邪魔したな」  足を壁に戻す。両手を窓枠に揃え、足と力を連動させて縦に跳んだ。俊足で駆け上がり、壁から離れる(いとま)なく二階屋根の縁を握った。 「屋根神様、俺、降りてないっすよ。ちゃんと見てたでしょ」  帝太は上空を仰ぎ見て、懸垂で体を持ち上げる。倒立になり、前方に回転した。 「ハイウィン、ただいま」  彼のオジロワシは眠そうな目で翼を休めていた。帝太は落ちる際、相棒に目配せをしていた。慌てなくていいと。 「舞華が下を確認する余裕をくれた気がする。俺たちは少しの出っ張りがあれば充分なんだ」  オジロワシの足元には角笛が落ちている。いや置いてある。  帝太は頬を引きつらせつつ、苦笑した。 「舞華め。あんたはいったい何考えてんだ?」  彼は切なくなる。民家の谷間の道路を見下ろせば、哀切になった。
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