序章 兎希帝太

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序章 兎希帝太

「うざいな」  埼玉県さいたま市潤々(うるうる)町の、住宅街の一角。  兎希帝太(うまれていた)は呼吸を整えつつ、知らぬ民家二階の片流れ屋根から、歩道にいる学生服を見下ろす。  今はおよそ下校時間だ。 「中学生か?」  少し歳下に見える男子が、口を開けて見上げていた。背の順では前のほうであろう小柄が、手をメガホンにするださい仕草になった。 「君ってさ、屋根族の子?」  帝太は「子はいらねえだろ」と小声で漏らす。不満が表情に滲みでたようで、地上の男子はすまなそうな顔を返してきた。  視力のいい屋根族の少年には、顎の皮膚の歪みまで見える。 「なにか気に障った? 屋根族の子じゃなかったら、二階の屋根は危ないなあと思ったんだよ」  帝太は地上の男子の純朴さに、苛立ちを覚えた。なんのセットもされていない濃い短髪の下、ソバカス面に当たるよう、唾を吐く。 「死ね」と尾をつけて。 「うわっ、汚い」  慌てた男子は間一髪で避けたが、踊りみたいに手足を跳ね上げて大袈裟すぎだった。 「あほっぽい地上のガキめ」  帝太は無視して去りたいが、そうはいかない理由があり、地上人への義務を果たす。 「学生服。おまえ、一人で下校すんなって。それと屋根族を見つけても話しかけんなって。学校で言われたはずだろ」  ため息のおまけをつけた。
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